ぷくぷくほっぺのしゅんくんへ~ママのありったけの愛を込めて~
私の息子次男~瞬~が平成23年10月25日に亡くなりました。わずか5ヶ月の命でした。 でも瞬は今もママの中で成長しています。だから、ママの気持ちや瞬の思い出を書いてみようと思います。
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全前置胎盤・・・
今日は、瞬が生まれる前=妊娠中の話しをしようと思います。

瞬は平成23年5月12日に緊急帝王切開で生まれました。

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瞬くん誕生のドラマは、そこから4ヶ月ほどさかのぼります。妊娠18週ごろから・・少しお腹の痛みを感じ始めました。
なんとなくスルーして過ごしていましたが・・日に日に痛む回数が増え、さすがに心配になり20週で受診。
いつもより長い診察のあと、かかりつけの医師が曇った顔で『胎盤の位置がちょっと・・。大きい病院で見てもらいましょう・・』と言った。?????何・・?よくわからないまま次の日に総合病院を受診。
パパについてくか聞かれたけど、大丈夫だよ~って軽い気持ちで病院に行きました。

結果は・・『前置胎盤』なんじゃ、それ・・って思いながら話を聞いていました。
でも冷静なのは私だけで、先生はあわただしく検査の準備をしていた。
そして、先生からの説明を受けてガーンと奈落の底に突き落とされた・・・。

お母さん、今すぐ入院してもらいます。退院は赤ちゃんが生まれるまで出来ないと思ってください・・。
 このままでは赤ちゃんはもちろん、お母さんの命も危険です。』
続けて、詳しい説明が始まった。
『お母さんは今、前置胎盤の中でもっとも悪い全前置胎盤なんです。
いま、少しでも出血すれば母子共に危険な状況です。入院して完全安静にしましょう・・』
だんだん・・状況が掴めてきて涙が出てきた・・
その時、思ったことは(わたしには、他にも子どもがいる。今、死ぬわけにはいかない・・
どうしよう・・こわい・・・・・)


そのまま、荷物を取りに行くことも許されず、主人への1回の電話だけが許され車椅子に乗せられた。
数時間前には子どもを送り出し、洗濯して、掃除して、うーたんをばあばのうちに送って、車を運転していた私が超重病人扱いされていた・・。

パパに電話した。コールしているうちに恐怖で涙が出てきた・・
『パパ・・ママと赤ちゃん死んじゃうかもしれない・・』
パパは何が何だか?わからないだろうに・・『ママ、落ち着いて・・大丈夫?何があったの?』って聞いてくれて少しずつ、先生に聞いた話を説明した。優しく聞いてくれた。そしてパパはなるべく早くそっちにいくからもう少し頑張ってと言い電話を切った。その日は、仕事が忙しいと朝から聞いていたから夕方かな・・と思ったけど、
検査を終え、病室に戻ると息をきらせたパパがいた。わたしが心配で駆けつけてくれたのだ。その優しさと安心感でわたしはまたさらに泣いてしまった・・。
そして、夫婦で別室に呼ばれて、先生から今後のこと・・今の状況の危険度・・生死の可能性・・についての説明を受けた。かなり深刻なものだった・・。

長くなりましたが、ドラマの始まりはこんな始まり方でした。
書きながら、あのときの事を鮮明に思い出してきました。
瞬はあのとき生まれてくることの出来ない赤ちゃん・・と言われたのです。

そして、奇跡が起きたのです。

瞬は5月12日・2970gまで育ち、産声をあげたのです。
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第二部・・入院編も書いていこうと思っています。瞬とママが一緒に頑張ったお話しです。
コメント
コメント
駄目だわ…。どんなに読んでも専ら涙。妊娠中から遡って、また涙だわ…(>_<)でも、これって辛いだけの涙じゃ無くて、感涙も込みのモノに違いないんだよね→エライょ、母ちゃん!!
2011/12/02(金) 22:57:30 | URL | Aumy #- [ 編集 ]
承認待ちコメント
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2013/03/15(金) 16:46:35 | | # [ 編集 ]
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